はじめに
司法試験の論文式試験においては従来より選択科目の試験が実施されていますが、2022年からは予備試験の論文式試験においても選択科目の試験が実施されることになりました。つまり、司法試験受験生・予備試験受験生を問わずに選択科目の対策を行う必要があります。
選択科目特有の悩みとして、どの科目を選択すべきかという問題があります。先に結論を述べると、特にこだわりがなければ労働法を選択し、こだわりがあればそのこだわりに合致した科目を選択すべきということになります。
1 選択科目の種類とデータ
既にご存知の方も多いとは思いますが、まずは選択科目の種類について触れておきます。選択科目は以下の8科目の中から1つを選んで受験することになります。
- 倒産法
- 租税法
- 経済法
- 知的財産法
- 労働法
- 環境法
- 国際関係法(公法系)
- 国際関係法(私法系)
たとえば、倒産法を選べば租税法や経済法などのその他の科目は受験する必要がありません。ですので、予備試験・司法試験受験生としてはこれらの8科目の内1科目について試験対策をしておけば足りるということになります。
次に、各科目ごとのデータを見てみましょう。以下の表は令和2年の司法試験のデータです。
科目 | 受験者数 | 割合 |
倒産法 | 452人 | 12.3% |
租税法 | 288人 | 7.9% |
経済法 | 683人 | 18.6% |
知的財産法 | 525人 | 14.3% |
労働法 | 1104人 | 30.1% |
環境法 | 161人 | 4.4% |
国際関係法(公法系) | 48人 | 1.3% |
国際関係法(私法系) | 403人 | 11.0% |
受験者数の一番多い科目は労働法です。逆に、受験者数が一番少ない科目は国際関係法(公法系)です。
2 各科目の特徴
(1)各科目の概要
では、各科目の概要を見ていきましょう。受験者数と分量は多いものからA.B.Cを割り振っています。実務役立度と教材充実度は役に立ったり充実しているものからA.B.Cを割り振っています。
科目 | 受験者数 | 分量 | 教材充実度 | 実務役立度 |
倒産法 | B | A | A | A |
租税法 | C | B | B | B |
経済法 | B | C | B | C |
知的財産法 | B | A | A | B |
労働法 | A | A | A | A |
環境法 | C | B | C | C |
国際関係法(公法系) | C | B | C | C |
国際関係法(私法系) | C | B | B | B |
(2)倒産法の特徴
倒産法は、破産法、会社法上の特別清算、民事再生法、会社更生法の4法をまとめたものです。「行政法」という法律がないのと同様に「倒産法」という法律もありません。司法試験においては、破産法と民事再生法からそれぞれ1題ずつ出題されています。以前は労働法に次ぐ受験者数だったのですが、近時では受験者数が減っています。
上記の通り出題範囲は限られているものの、分量としては相当なものとなります。倒産法は民法や民事訴訟法の特別法としての位置づけを占めており、倒産法の学習には民事系科目についての理解が必要となります。教材については、以前は人気の科目であったこともあって割と充実しています。
実務的には、倒産法では自己破産や個人再生に関係する知識を学ぶことになります。一般民事を扱う弁護士になりたい方にとっては将来役に立つ知識を学べます。僕は一般的な街弁をしていたことがありますが、自己破産に関する問い合わせはそれなりにありました。
(3)租税法の特徴
租税法は租税法序説、租税実体法、租税手続法、租税訴訟法、租税処罰法から成り、所得税法、法人税法、相続税法、国税通則法、国税徴収法などが含まれています。もともとは行政法の一分野として位置づけられていましたので、行政法的な思考法が求められます。司法試験においては、所得税法から1題、所得税法に関係する限度で法人税法及び国税通則法から1題が出題されています。
所得税法がメインでその他はそれほどウェイトが大きくないため、分量的には中程度です。教材については充実しているとまでは言えませんがそれなりにあります。
実務的には、税務訴訟に関係する知識を学べます。そのため、税務訴訟を専門とした弁護士を目指す場合には役に立つでしょう。しかし、一般的な弁護士であれば税金のことを聞かれても「税理士に聞いてください」とお伝えすることが多いですし、租税法を勉強しても税務の表面的なところしかわからないので、役に立つことは少ないです。少なくとも僕は街弁をしていて租税法について勉強をしておけば良かったと感じたことがありませんでした。
(4)知的財産法の特徴
知的財産法は、特許法、実用新案法、意匠法、著作権法、商標法などをまとめたものです。倒産法と同様に「知的財産法」という法律はありません。司法試験においては、特許法と著作権法からそれぞれ1問ずつ出題されています。
特許法と著作権法はいずれもボリュームのある科目なので、当然ながら分量は多いです。教材についてはそこそこの充実度です。
実務的には、IT法務に関係する知識を学べます。ですので、IT法務を専門とした弁護士を目指す場合には役立ちます。また、一般的な弁護士であってもたびたび相談を受けることがあるので知っておいて損をすることはありません。もっとも、たとえば著作権侵害をしている人の実名がわかっているとは限りませんので、著作権法の知識に加えてプロバイダ責任法の知識が必要となることがありますし、特許法については弁理士という専門家もいることから、受験で身に着けた知識が役に立つ場面は限られています。
(5)労働法の特徴
労働法は、労働基準法、最低賃金法、労働衛生安全法、労働契約法、労働組合法などをまとめたものです。倒産法や知的財産法と同じく、「労働法」という法律はありません。司法試験においては、労働基準法と労働契約法から1問、労働組合法から1問出題されています。
労働法は多くの判例法理が形成されていることから、判例法理についての理解も必要不可欠となります。そのため、分量はかなり多いです。教材については、選択科目の中で最も充実していると言えます。
実務的には、労働問題に関係する知識を学べます。そして、労働問題は一般民事を扱うにしても企業法務を扱うにしても避けて通れないため、労働法の勉強をしておくと実務に出てからも役立ちます。ちなみに、僕が法律事務所を営んでいたときに2つ目に受けた事件が労働事件でした。それ以降も労働問題に関する問い合わせはたびたびありました。
(6)環境法の特徴
環境法は、公害関係の法律と自然保護関係の法律をまとめたものです。司法試験においては、いわゆる環境10法(環境基本法、環境影響評価法、水質汚染防止法、土壌汚染防止法、大気汚染防止法、廃棄物処理法、自然公園法、循環型社会形成推進基本法、地球温暖化対策の推進に関する法律、容器包装にかかる分別収集及び再商品化の促進等に関する法律)から出題されます。
環境法は10個の法律をすべてカバーしなければならないというものではなく、行政法における個別法の取扱いのように、考え方と大枠を押さえることで足ります。そのため、分量としては格別多いわけではありません。教材については、お世辞にも充実しているとは言えません。
実務的には、環境訴訟関係の知識を学べます。しかし、環境訴訟に取り組まない限り環境法の知識を使う場面はほぼ存在しないため、環境法は実務ではあまり役に立たないと言わざるを得ません。
(7)国際関係法(公法系)の特徴
国際関係法(公法系)は一般に国際公法と呼ばれています。司法試験においては、国際法、国際経済法、国際人権法の3法の中から出題されます。最も受験者数が少ない選択科目です。
国際公法は条約や国際判例の解釈を学ぶことになりますが、その分量は中程度です。教材については非常に限られています。
実務的には難民認定申請関係の知識を学べます。しかし、使う機会はほぼないため、国際公法は実務ではあまり役に立たないと言わざるを得ません。。
(8)国際関係法(私法系)の特徴
国際関係法(私法系)は一般に国際私法と呼ばれています。司法試験においては、家族法分野から1題、財産法分野から1題出題されています。
国際私法は法の適用に関する通則法と民事訴訟法や人事訴訟法の国際裁判管轄に関する規定を中心に受験対策を進めることになりますが、その分量は中程度です。教材についてはそこそこの充実度です。
実務的には渉外取引や国際離婚の知識を学べます。しかし、実務でこれらの事件を取り扱うためには語学力も必要となることが多いので、実際に受験で身に着けた知識を生かすことのできる人は多くはないでしょう。
3 選び方の視点とおすすめ科目
ここからは選択科目の選び方について見ていきましょう。まず、選択科目について特にこだわりがないのであれば労働法を選択してください。なぜなら、労働法は選択科目の中で一番受験者数が多く、実力と点数のブレが比較的少ないからです。
では、選択科目についてこだわりを持っている人はどうでしょうか。選択科目についてのこだわりは、大きく分けると、①将来役立てたい、②受験の負担を減らしたい、という2つのいずれかに集約されるように思います。そして、こだわりの内容を体系立てて、その内容に応じておすすめ科目を挙げると以下のようになります。
- 将来役立てたい
- 広く役立てたい ⇒ 倒産法・労働法
- 専門分野として極めたい ⇒ 当該専門分野と関係のある科目
- 受験の負担を減らしたい
- 分量的に負担を減らしたい ⇒ 経済法
- 自分に合った教材を使いたい ⇒ 倒産法・知的財産法・労働法
- ロースクールの講義を役立てたい ⇒ 当該科目
結局のところ、自分が何を重視するのかを決めた上でそれに応じた選択科目を選べばよいのです。どうしても悩ましい場合には、選択科目の候補をいくつかに絞ったうえでそれぞれの入門書をペラペラとめくってみることをおすすめします。